<セラピスト>

 野水 ひまり

< 略 歴 >

● 小学校高学年の時のいじめがきっかけで、教師を目指す。
● 教育大学卒業後、小学校教員として10年以上勤務。
● ずっと抱え続けていた生きづらさ、大好きな弟との早い時期の別れ、自身の離婚が大きなきっかけとなり、セラピストを目指す。
● 2015年にヒプノセラピストとしての資格を取得。(シモンヒプノセラピーにて)
● 2017年春から小学校の非常勤講師として勤務しつつ、ヒプノセラピストとして新たにスタート。

 もし、生まれる前に、いろいろな人のこれから送る人生(未来)を一通り見ることができて。もし、その中から自由に選んで生まれることができるよ、とだれかに言われてこの世に誕生するなら。きっと私の人生は、ほとんどの人が選ばないだろうな。「もし」なんて世界はないけど・・・。苦しみもがき続けていた30歳過ぎまで、よくそう思っていました。

出逢い

 私が初めてヒプノセラピーに出逢ったのは、2013年の夏。その頃の私は、7年間務めた教職を辞め、結婚生活を送るために九州の離島に行きました。ところが、とある事情ですぐに地元の名古屋に戻らざるを得なくなり、離婚する方向に話が進みました。

 

 そんな中、恩師の小田島裕一先生から勧められたのがヒプノセラピーでした。「ヒプノ(催眠)なんて怪しすぎる…。」と思いつつも、身も心もボロボロだった私は、藁にもすがる思いで紫紋先生のもとを訪れ、ヒプノセラピーを受けました。

 このヒプノセラピーの体験を、一言で表すなら・・・

 

「衝撃的!!!」

 

 不思議な体験すぎて、アタマで整理できない…混乱状態でした。それと同時に、何とも言えない温かな感覚が、ボロボロだった私の心の奥に広がり、身心を包み込んでいました。肩の力が抜けて、極上の安心感に浸りながら見た帰り道の景色は、全てがキラキラ輝いている!と感じたことを、今でもはっきりと覚えています。

 

 結局1か月後に離婚が成立しました。でも、今だから言えます。私は、結婚し、離婚する状況に追い込まれたからこそヒプノセラピーに出逢えたのです。つまり、離婚様様。そして、私はこれを機に何度もヒプノセラピーを受け、人生が劇的に生きやすい方向に変化していくのでした。

別れ

 話が前後しますが、私が就職した1年目の冬に、2歳下の弟を自死で亡くしました。 弟は中学生の時から東京の学校に通っていたので、一緒に暮らせたのは12年でした。  

 

 幼い頃はたくさん喧嘩もしましたが、いつも小さな弟の手を握って公園や私の友達の家に遊びに行きました。お互いが大学生になってからも、家の近所の公園で2人でキャッチボールをしたりして、隣家の方から「仲が良くて羨ましいね。」と言っていただくほどの仲でした。

 

 そんな弟が、中学生の時から躁鬱病にかかっていたことに全く気付かなかった私は、弟とは表面的な繋がりしかなかったのかもしれません。ただ1つ、変わらぬ事実は、私が弟をずっと大好きだった、ということです。

 

 その弟が生きている最後の姿を見たのが、私でした。

 

 

(作成途中)